『男の作法』について考える2 思考して拘れ

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やっぱりね、理論と実践を経て導き出された結論に、誇りを持って生きるということが大切なんですね。それが男の作法でしょう。

「池波先生がおっしゃっていたから」ではまったく意味が無いわけです。
実践を経て、「なるほど」と思い、それを自分の言葉で言語化しなければならないのです。

前述したすき焼きの話なんて、まさにそれ。
良い肉でやるすき焼き、安い肉でやるすき焼き、それぞれでやり方を変えるなんざぁ、思考が止まっていちゃあ考えられないですよ。

美味いもん食ってる、というのは間違いないですけれど、それ以上に、考えながら食ってるんですね。より美味しく食べるために。

美味しく食べるためにも、こんなにも努力が要るなんて。
ちょっと想像するだけで胃が重たくなるような心持ちですが、それでも、男の作法を身につけるためにはそれくらいの修行がいるんですね。
ただ「美味い」だけじゃだめ、という。なかなかのスポ根ぷり。

言葉遣いの問題

池波先生が本著で、小津映画を褒めるんですね。

自分の親に対してのことば遣い、きれいですよ本当に。 「お母さま、もっと早く帰ろうと思ったんですけど、お食事に誘われましたので……遅くなって申しわけございません」  こうだからね。いまはどこの娘でもそんなこと言いやしないやね。
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こういうのが綺麗なんですね、先生にとっては。
いや、確かにきれいな日本語、きれいな態度です。

でも、これを今、リアルとして描けるのはアニメだけですよ。
この言葉遣いをする日本は死んだのです。もはや一部ですらあり得ない。

金遣いの問題

また、池波先生は金の問題についてこうおっしゃってる。

若いときの金の使いかたは、残そうと思ったら駄目ですよ。  だけどね、そこがぼくらの若い頃と現代と違うところで、いまは、やっぱり若いうちから残そうと思わないと、家の一軒も建たないでしょう。  だから、サラリーマンになって若いうちに結婚すれば、すぐ残す……残すというよりも、家を買うためにローンへ入るなりなんなり、金をためるというよりもいきなり借金をして、いろいろ将来の計画に備える、そういう時代になってきたわけだ。もう、時代が違うわけだよ。  ぼくらのときは万事に、たとえば株屋してなくても、世の中に余裕があったんです。町の左官屋さんでも、大工さんでも。世の中に余裕があったというのはどういうことかというと、自分の小遣いを持っていたわけだよ、金高の大小にかかわらず。つまり、家庭の生活以外の小遣いというものが、それぞれ分相応にあったということですよ。いまはそれがなくなってしまったから、世の中が味気なくなってしまった。

昔は余裕があった、そういうことなんですね。
確かに、今はサラリーマンになって結婚したら、すぐ貯金貯金。

むやみに遊んじゃダメだろうけど、それでも遊ぶ金というのがなかなか少なくなっているのかもしれませんね。だから閉塞するのかしら。

昔に比べれば物価は下がっているような気がしますけどねぇ。
余裕という意味では、昔のほうがよっぽど余裕があったんでしょうか。
感じるべき問題が、沢山ありそうね。

役人でも会社員でも身銭を切りなさい、と。仕事そのものにね。同僚と酒を飲むことじゃないんだよ。しかし、いまの人は仕事に身銭を切らないねえ。職場でいつもお茶を入れてくれる人がいるでしょう。そういう人に盆暮れにでも心づけをする人が、まあいない。毎日おいしいお茶をありがとう……そういってちょっと心づけをする。こりゃ違いますよ、次の朝から。当然、その人に一番先にサービスする。そうすると気分が違う。気分が違えば仕事のはかどりようもまるで違ってくる。

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都内在住のおじさん。 2児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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