『それから』感想⑤ 歯車になれば悩まなくていい #それから #夏目漱石

実際、自分ひとりの頭で生きていこうとすることは、なかなかにしんどい。自営業の人を尊敬します。

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友人は 時々 鮎 の 乾したのや、柿の 乾したのを送つてくれた。代助は其返礼に大概は新らしい西洋の文学書を 遣 つた。すると其返事には、それを面白く読んだ証拠になる様な批評が屹度あつた。けれども、それが長くは 続かなかつた。仕舞には 受取 つたと云ふ礼状さへ 寄こさなかつた。 此方 からわざ〳〵問ひ合せると、書物は難有く頂戴した。読んでから礼を云はうと思つて、つい 遅くなつた。実はまだ 読まない。白状すると、 読む 閑 がないと云ふより、読む気がしないのである。もう一層露骨に云へば、読んでも 解らなくなつたのである。といふ返事が 来 た。代助は 夫 から書物を 廃 めて、其代りに新らしい 玩具 を 買 つて 送る事にした。  代助は友人の手紙を封筒に入れて、自分と同じ傾向を 有 つてゐた此旧友が、当時とは丸で反対の思想と行動とに支配されて、生活の 音色 を 出してゐると云ふ事実を、 切に感じた。さうして、 命 の 絃 の 震動 から 出る 二人 の 響 を 審 かに比較した。

大学院などに進学していれば、こういう悩みも分かったのでしょう。ま、進学してまでやりたいことなど無かったので、進学しなくて良かったと思いますが。
とにかく、社会人になると、というか社会の歯車になると、知的好奇心は減退します。というか、自分とその四方の生活を維持するのが大変なので、それ以外の好奇心がまるで作用しなくなっていく。そういう経験、多々あります。

位置: 3,941
彼 は 理論家 として、友人の 結婚 を 肯 つた。 山 の 中 に 住んで、 樹 や 谷 を相手にしてゐるものは、 親 の取り極めた通りの 妻 を迎へて、安全な結果を得るのが自然の通則と心得たからである。 彼 は同じ論法で、あらゆる意味の結婚が、都会人士には、不幸を持ち 来すものと断定した。其原因を云へば、都会は 人間 の展覧会に過ぎないからであつた。彼は 此前提 から 此 結論に達する 為 に 斯 う云ふ径路を 辿 つた。  彼は肉体と精神に於て 美 の類別を認める男であつた。さうして、あらゆる 美 の種類に接触する機会を得るのが、都会人士の権能であると考へた。あらゆる 美 の種類に接触して、其たび 毎 に、甲から乙に気を移し、乙から丙に心を 動かさぬものは、感受性に乏しい無鑑賞 家 であると断定した。 彼 は 是 を自家の経験に 徴 して争ふべからざる真理と信じた。その真理から出立して、都会的生活を送る凡ての男女は、両性間の 引力 に於て、悉く 随縁臨機 に、測りがたき変化を 受けつゝあるとの結論に到着した。それを引き延ばすと、 既婚 の 一対 は、双方ともに、流俗に 所謂 不義 の念に 冒されて、過去から生じた不幸を、始終 嘗めなければならない事になつた。代助は、感受性の尤も発達した、又接触点の尤も自由な、都会人士の代表者として、芸妓を撰んだ。彼等のあるものは、生涯に情夫を何人取り替えるか 分らないではないか。普通の都会人は、より 少なき程度に於て、みんな芸妓ではないか。代助は 渝 らざる愛を、 今 の世に 口 にするものを 偽善家 の第一位に 置いた。

社会の安定のために一夫一妻制度があるのだとして、それを否定するのが知識人であり都会人であるわけかしら。
あたくしは結婚して、一夫一妻制に縛られて本当に良かったと今の所思っています。妙な嫉妬や承認欲求からある程度自由になれましたからね。多夫多妻制度だったら気が収まらないでしょうね、疲れちゃう。
知識人にはやはり、向かない。

位置: 4,250
すると 兄 が突然、 「一体 何 うなんだ。あの女を貰ふ気はないのか。 好いぢやないか 貰 つたつて。さう 撰 り 好みをする程女房に重きを置くと、何だか 元禄時代の色男の様で可笑しいな。凡てあの時代の 人間 は男女に限らず非常に窮屈な 恋 をした様だが、 左様 でもなかつたのかい。――まあ、どうでも 好いから、成る 可 く 年寄 を 怒らせない様に 遣 つてくれ」と云つて帰つた。

明治の男は女房に重きを置かないのです。まるで元禄時代の色男。いい台詞だ。窮屈な恋をした、なんてね。兄のように異性の優先順位を下げられたら楽だろうにな。

位置: 4,511
彼は隔離の極端として、 父子 絶縁の状態を想像して見た。さうして 其所 に一種の苦痛を 認めた。けれども、其苦痛は堪え得られない程度のものではなかつた。 寧ろそれから生ずる財源の 杜絶 の方が恐ろしかつた。  もし 馬鈴薯 が 金剛石 より大切になつたら、 人間 はもう駄目であると、代助は平生から考へてゐた。

貧窮に対する恐れ。ボンボンだからこそ、ですね。

位置: 4,806
助は三千代と 相対 づくで、 自分等 二人 の 間 をあれ以上に 何 うかする勇気を 有 たなかつたと同時に、三千代のために、 何 かしなくては居られなくなつたのである。だから、 今日 の会見は、理知の作用から 出 た安全の策と云ふよりも、寧ろ情の 旋風 に 捲き込まれた冒険の 働きであつた。

この第三者の語りがまた、ステキなんだ。
漱石ならでは。飽きないね。

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