脳がそうなんだからしょうがない、で済ませるのか?『シャーデンフロイデ』を読んで

名著には違いないけど、「だから?しょうがないっての?」とも思いました。

この手の話って、最終的には「だから諦めな」とか「しょーがないよ」で済ませていいのか?って問題にいきつきますよね。科学的に証明されました→んで?っていう。より良く生きるためにどうするか。それが難しいのだ。

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決して、頭の良さや鋭さが、生き延びるのに重要なわけではないということを、私たちは肝に銘じなくてはなりません。

まったくそうなんだ。ただ「生き延びる」のが大切か?と言われるとまた、難しい問題。いや、死んでもいいってわけじゃないけどね。

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「今度の週末も仕事が入りそうなんだよ」
こんな文句を半ば自慢気に言いながら働いているのは、そこに「集団のために何かをしたい」というひそかな快楽が隠れているからではないでしょうか。
基本的に、人間は快楽のために行動します。一見、不条理に思えることでも、快楽が得られればその行動をとります。

「ねてねーわ」マウントをとる人と同じタイプにいますよね。基本的に己の能力をひけらかしたいんでしょうね。幼い感情ですわ。

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日本語のツイート数が英語を上回るというのは、たしかに尋常ではありません。
もちろん、ツイッター以外のSNS、たとえばフェイスブックの「いいね!」も多いだろうことが推測されます。
周囲から承認を得る、ということは、そのまま、社会的な文脈で考えれば、自らの順位が上昇するということになります。このことは、実際に出世したときなどと同じことであると認知され、同様の快感が得られます。
これを、社会的報酬と言います。時には、金銭的報酬には直結しなかったとしても、社会的報酬を求めて、人は行動するのです。

社会的報酬のためになら、個人は消されてもいい。おれが代執行してやる!ってのが困るのだ。誰にもそんな権利はない。

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日本人はS型保有率が世界中でも高く、7割近くが「SS」タイプです。「SL」タイプも含めたら 98 パーセントがS型を保有しています。逆に、「LL」タイプは2パーセントしかいないということです。こんな国は、世界中を見渡しても日本しかありません。  つまり、日本人の脳は世界のなかでも突出してセロトニントランスポーターの密度が低く、いいかげんに物事を考えるのが遺伝的に苦手なのです。

へー。知らんかった。集団的でクソ真面目ってか。何だか己の民族を俯瞰的に観るって複雑ね。

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セロトニンが多い人たちは、思い切った投資をしたり、遊びにも大胆にお金を使うことのできる脳を持っています。しかし、日本人には、不安を抱きやすい人が多く、老後のことが心配になるなどしてそれができる人が少ないと考えられるのです。  こうした国民性について、「ネガティブすぎる」とか「日本の常識は世界の非常識だ」と批判するのは見当違いでしょう。それは、後天的な思い込みの問題ではないからです。

でも落語の世界には若旦那や銭使いの激しい人がたくさん出てくるけどね。彼らは遺伝子を残さなかったのか?どうなのかしら。遺伝?文化?教育?

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ミルグラム実験の驚くべき結果  とても有名な実験です。アメリカの心理学者スタンレー・ミルグラムが、1960年代にイエール大学で行いました。

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ミルグラムの命令に従い続けました。  この実験は、ヒトがいかに自らを過信しているか、そして、新聞広告を見て実験に参加を希望しただけのごく普通の市民が、どれほどあっさりと残酷なことをやってのけるか、ということを見事に示してみせました。
ハンナ・アーレントが激しいバッシングを受けることになった、アイヒマンは普通の人であった、権力によって残虐行為を実行させられたにすぎない、という主張は正しかったのです。

ミルグラム実験ですね。このブログでも何度も引用してる。

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①普段から礼儀正しく、社会的に「正しい」とされる意見を持つ人々
②反体制運動家的な気質を持ち、一般的に敬遠されがちな人々  そして、このどちらにも、同じようにミルグラムの実験に教師役として参加してもらいました。
すると、①の正しい人々は、研究者から「命令」されると、生徒役に対して残虐な行動をとり続けることがわかったのです。
一方、②の人々は、実験者の命令を聞き入れず、生徒役に暴力を加えることを嫌がりました。

真面目な人ほど真面目な暴力装置になりうるっつーことか。そりゃまー普通に考えればそうですね。真面目というのは疑問を持たない、考えない人も含まれてしまいますからね。

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特定の環境下では、倫理的に「正しい」という評価を得ている人が、あたかも豹変したかのように暴力的になる、ということが起こり得るわけです。本当は、豹変しているわけではありません。倫理的に「正しい」人は、自らの置かれている環境を支配する「ルールに従順である」だけなのです。

戦前でも戦後でも優等生たる人っているって言いますもんね。国の方向性はまるで違うのに。

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2002年に日本で公開され話題を呼んだ『es』というドイツ映画がありました。  その題材になったのが「スタンフォード監獄実験」です。  1971年、アメリカの心理学者フィリップ・ジンバルドーは、普通の人が、何らかの役割を与えられると、どのくらいその役割に合わせて行動してしまうか、ということを調べるために、一つの実験を開始します。

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あまりにも残虐なことが行われていたために、心配した周囲がジンバルドーをいさめたのですが、彼はなかなか実験を中止しません。  ジンバルドーは後に、彼自身が「人間の心理を追究するため、実験者としての役割をまっとうしなければいけない」という思い込みに支配されてしまっていた、と述懐しています。

全ての人間は演者である、というやつだ。人間は決められた役割を果たす生き物ですからね。自由な人ですら自由な人という役割を演じている、という。自覚の有無にかかわらず。
ただ、これを言っている人は得てして不自由な人なんですけどね。

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その模擬店舗を訪れた被験者には、用意された2種類のメニューリストのなかから一方が渡されます。サラダなど健康を連想させるメニューが載ったリストと、それが載っていないリストのうち、いずれかです。  その上で、最も太りそうな「ビッグマック」を選ぶ割合について調べました。すると、一般的な予想とは逆の結果が出ました。  すなわち、サラダが掲載されていないリストを受け取った群では約 10 パーセントだったビッグマックの注文率が、サラダが掲載されているリストを受け取った群では約 50 パーセントにも上ったというのです。

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常日頃より「倫理的に正しいこと」を考えている人ほど、脳にはたくさんの免罪符が貼り付けられており、結果的に「倫理的に正しくない」残虐な行動に走ってしまう可能性があるということなのです。

免罪符があれば人間はどこまでも不倫理に生きられるっつーことですな。分からんでもない。

真面目に生きるのも危険だよ、というお話ですな。

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