『虞美人草』感想1 何度目かの挑戦でようやく読破

好きな漱石ですが、これが難しいんだ。

明治期の文学者、夏目漱石の長編小説。初出は「東京朝日新聞」「大阪朝日新聞」[1907(明治40)年]。1907年、漱石は小説家として生きる決意を固め、東京帝国大学を辞職して朝日新聞社に入社した。この作品は入社後はじめての新聞連載小説。誇り高い自我を持つヒロイン藤尾は親の決めた相手ではない男と結婚しようとするが、義理の兄が道義を守らせるために画策する。誇りを傷つけられた藤尾は自殺する。藤尾に象徴される近代文明を批判した作品とされるが、「悪」としての藤尾の人気は連載当時から高く、虞美人草ドレスという商品まで現れる社会現象となった。

特に難しい表現が多い印象です。
以前、跳ね返されて以来の再読。今度は読めました。

位置: 144
甲野さんは黒い頭を、黄ばんだ草の間に押し込んで、帽子も 傘 も坂道に転がしたまま、 仰向けに空を 眺めている。 蒼白く 面高 に 削り 成 せる彼の顔と、 無辺際 に浮き出す薄き雲の 翛然 と消えて入る大いなる 天上界 の間には、一塵の眼を 遮 ぎるものもない。反吐は地面の上へ吐くものである。大空に向う彼の眼中には、地を離れ、俗を離れ、古今の世を離れて万里の天があるのみである。

格調高いですね。そして咀嚼するのに時間がかかる。
読んでいて躓くと、もうダメだ。時間がかかりすぎる。

位置: 163
「動けば吐く」
「厄介 だなあ」
「すべての反吐は動くから吐くのだよ。俗界 万斛 の反吐皆 動 の一字より 来る」

どっかで使う機会があれば使いたい。「俗界万斛の反吐、皆動の一時より来る」ってね。なんのこっちゃ。

位置: 168
「余計な御世話だ。誰も頼みもしないのに」
「君は 愛嬌 のない男だね」
「君は愛嬌の定義を知ってるかい」
「何のかのと云って、 一分 でも余計動かずにいようと云う算段だな。 怪しからん男だ」
「愛嬌と云うのはね、――自分より強いものを 斃 す 柔かい武器だよ」
「それじゃ 無愛想 は自分より弱いものを、 扱き使う鋭利なる武器だろう」

机上の空論同士でカラカラと遊ぶ感じがいい。実に高等遊民であります。屁理屈に屁理屈をもって対峙する。実にくだらなくていい。

位置: 578
「藤尾」と御母さんは呼び直す。
女の眼はようやくに頁を離れた。波を打つ 廂髪 の、白い額に 接 く下から、骨張らぬ細い鼻を 承けて、 紅 を 寸 に織る唇が――唇をそと 滑って、 頰 の末としっくり落ち合う 腭 が――腭を 棄ててなよやかに 退いて行く 咽喉 が――しだいと現実世界に 競り出して来る。
「なに?」と藤尾は答えた。昼と夜の間に立つ人の、昼と夜の間の返事である。

「紅を寸に織る唇」なんて想像できやしない。とにかく人物の描写が細かくて、まともに読み解こうとすると疲れます。時々いい加減に読まないとね。

位置: 592
と御母さんは藤尾の方を見て、言おうか、言うまいかと云う態度を取る。同情のある 恐喝 手段は 長者 の好んで年少に対して用いる遊戯である。

全くそうだ。

位置: 632
柳 嚲 れて 条々 の煙を 欄 に吹き込むほどの雨の日である。

どんな雨の日なのか、辞書を引かないと分からない。これが魅力であり敬遠される理由でもありましょう。柳が垂れて一つ一つの煙を手すりに吹き込む、とは。

位置: 721
「宇宙は 謎 である。謎を解くは人々の勝手である。勝手に解いて、勝手に落ちつくものは幸福である。疑えば親さえ謎である。兄弟さえ謎である。妻も子も、かく観ずる自分さえも謎である。この世に生まれるのは解けぬ謎を、押しつけられて、 白頭 に 儃佪 し、 中夜 に 煩悶 するために生まれるのである。親の謎を解くためには、自分が親と同体にならねばならぬ。妻の謎を解くためには妻と同心にならねばならぬ。宇宙の謎を解くためには宇宙と同心同体にならねばならぬ。これが出来ねば、親も妻も宇宙も疑である。解けぬ謎である、苦痛である。親兄弟と云う解けぬ謎のある矢先に、妻と云う新しき謎を好んで貰うのは、自分の財産の所置に窮している上に、他人の金銭を預かると一般である。妻と云う新らしき謎を貰うのみか、新らしき謎に、また新らしき謎を生ませて苦しむのは、預かった金銭に利子が積んで、他人の所得をみずからと持ち扱うようなものであろう。……

である調が不思議な説得力と格調の高さでもって押し寄せる。苦手な人は苦手な文章でしょうね。

しかし漱石はどこまでも他人事を貫きたがる。当事者意識が薄い。この辺、あたくしは好きなんですが、今の人にどこまで好かれるのか。

位置: 1,405
藤尾と糸子は六畳の座敷で五指と針の先との戦争をしている。すべての会話は戦争である。女の会話はもっとも戦争である。

漱石のこの偏見ね。明治の人ではあります。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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