『配達あかずきん 成風堂書店事件メモ』感想 本好きなら二度唸る

一度は本好きのグッと来る要素に。二度目はミステリのウェルメイドさに。

しっかり者の杏子と、勘の鋭いアルバイト・多絵が働くのは、駅ビルの六階にあるごくごく普通の書店・成風堂。近所に住む老人から渡された「いいよさんわん」という謎の探求書リストや、コミック『あさきゆめみし』を購入後失踪した母を捜しに来た女性に、配達したばかりの雑誌に挟まれていた盗撮写真……。杏子と多絵のコンビが、成風堂を舞台にさまざまな謎に取り組んでいく。元書店員ならではの鋭くもあたたかい目線で描かれた、初の本格書店ミステリ。シリーズ第1弾。

単語や本のチョイスが絶妙。本好きなら唸る。
いきなり上杉鷹山をもってくるあたり、めちゃ分かってる。

位置: 559
「私はそこで、こちらからのメッセージとして、西岡さんに本を手渡してもらいました。『おのぞみはこれですか』と言い添えるよう、お願いして。そしたら……」
「ああ、清水さんはぼくの手を握らんばかりに喜んでいた。そして『その通りだ』と。『ずっと前からこれをのぞんでいた』と、はっきり言っていたよ」
多絵が選び、託した一冊。
先方が、飛びついた二百数十ページの本。
それは、新潮文庫、「よ」の五の二十四。 『脱出』――だった。

改行はやたら多いですが、しかし、うなる瞬間。このミステリはいいね。気づかなかった。こういう瞬間を読みたくて読書してるのさ。

位置: 1,171
情けない話ですがと、教授は自分の手を組み直した。
「十七、八という子どもゆえに移り気で、気紛れで、どうしようもなく残酷なことが平気でできてしまう伸び盛りの少年が、どの程度本気で年上の女を愛せるものか。私にはあの頃わからなかった。信じてよいなどと、とても言えなかった。まして相手は、望めばなんでも手に入れてしまうような、天性の恵まれた資質を持ち合わせていた。ひとりの女を愛し抜き、ささやかな実りに幸福を感じ、心から満たされるような平凡な一生など、どう転んでもふさわしくないように思えてしまったんですよ」

大人の身勝手さがよく出てるよ。いい話だ。

位置: 1,251
「アマゾンの奥地で、クラーク・ゲーブルに出会った気分だったのよ」  これが婦人の談だそうだ。

クラーク・ゲーブルといえば変なひげ。

そして『風と共に去りぬ』のレット・バトラー。いけ好かないが魅力的な悪役ですね。

位置: 2,220
「五冊の本に手がかりはないかな」 『宙の旅』『散策ひと里の花』『ダヤンのスケッチ教室』『民子』『夏への扉』
傾向も出版社も判型も値段も、みごとにばらばらだ。
「すみません。知らない本ばかりです。五戦全敗」
「それで言うと、私は三勝二敗か。全勝は誰だ?」

夏への扉、しか分からない。悔しがる。

位置: 2,360
そう答えるからには、すでに選んでいた次の本があるのだ。
杏子はもう一度、菜穂子の方を向いた。それにつられ、島村も首をひねった。すぐ近くに立つ見慣れぬ女性に初めて気づく。
彼の視線が動き、ふたりの目と目が合う。
菜穂子の胸がひときわ大きくふくらんだ。たじろぐような、息をのむような、驚きとも 怯えとも見えるたよりない瞳で島村を見返す。きゅっとすぼめてしまう細い肩と、固く握りしめられる白くて長い指と。 「猫が――お好きなんですね」
菜穂子の薄紅色の唇から、一言だけこぼれた。

いい描写だなぁ。胸がひときわ大きく膨らんで、きゅっと細い肩をすぼめ、白くて長い指が固く握りしめられる。恋する瞬間だ。

位置: 3,037
「日常の謎」派、と呼ばれるジャンルがある。 所謂「新本格」派が講談社(講談社ノベルス)を牙城としているように、「日常の謎」派は、 一時、東京創元社の専売特許のように言われていたことがある。
綾辻行人を初めとする新しい謎解きものの作家を「新本格」という総称で呼ぶようになったのは、本家、講談社だった。それに対し、「日常の謎」という名称は、東京創元社をはじめ、出版社サイドの命名ではない。北村薫が『空飛ぶ馬』に始まる諸作で、犯罪をテーマにせずに謎と論理の本格ものを仕上げてみせた。それに続いて、若竹七海、澤木喬、加納朋子など、日常の中の不可解な出来事を扱った作品を書く人たちが輩出し、いつしか「日常の謎」派という呼称が読者の口の端にのぼるようになったのだ。

知らなかった。しかしあたくしはどっちも好きだ。ミステリなら何でも、なのかもしれない。とにかく謎を作られるのが好きな体質らしい。犯罪じゃなくてもいいんだ。

続きがあるのが幸せ。ぜひ読みたい。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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