『伊豆の踊り子』感想 ノーベル選者さんたち、だいぶ冒険なさいましたね

これを評価できる選者って凄いと思う。リテラシー高すぎ?

孤独な生い立ちの20歳の主人公は、伊豆の峠で旅芸人の一行と出会った。花のように笑い、無邪気に自分を慕う踊子の薫や素朴な人々と旅するうち、彼の心はやわらかくほぐれていくのだった。淡く、清冽な初恋を描いた名作

面白いとは思いますが、数多いる作家の中で、どうして川端?という疑問はあります。受賞年の1968年に存命作家なら、志賀直哉だって武者小路実篤だって生きているしなぁ。

NHKが疑問に答えてくれるサイトを公開していました。

なるほど、日本文学だったら誰でも良かったのか。
しかし、川端ねぇ。ふーん。

伊豆の踊り子

位置: 38
踊子は十七くらいに見えた。私には分らない古風の不思議な形に大きく髪を 結っていた。それが卵形の 凜 々 しい顔を非常に小さく見せながらも、美しく調和していた。髪を豊かに誇張して描いた、 稗史 的 な娘の絵姿のような感じだった。踊子の連れは四十代の女が一人、若い女が二人、ほかに 長岡温泉 の宿屋の 印半纏 を着た二十五六の男がいた。

明らかにヒロイン。明日ちゃんのセーラー服を川端がみたらどう思うかな。絶賛すると思うんだけど。

位置: 155
あまりにひどいはにかみようなので、私はあっけにとられた。

恥じらいは大切よ。恥じらいは美徳。

位置: 299
それから、自分が 栄吉、女房が 千代子、妹が 薫 ということなぞを教えてくれた。もう一人の 百合子 という十七の娘だけが大島生れで雇いだとのことだった。

つまり踊り子は薫ってことになると思うんですが、作中でこの名前が出てくるのは一度だけじゃないかな。薫って個人名は最後まで重要視されない。

位置: 339
私は一つの期待を持って講談本を取り上げた。はたして踊子がするすると近寄って来た。私が読みだすと、彼女は私の肩に触るほどに顔を寄せて真剣な表情をしながら、眼をきらきら輝かせて一心に私の額をみつめ、 瞬き一つしなかった。これは彼女が本を読んで 貰う時の癖らしかった。さっきも鳥屋とほとんど顔を重ねていた。私はそれを見ていたのだった。この美しく光る黒眼がちの大きい眼は踊子の一番美しい持ちものだった。 二重瞼 の線が言いようなく 綺麗 だった。それから彼女は花のように笑うのだった。花のように笑うと言う言葉が彼女にはほんとうだった。

参っちゃってるね。かわいい。昔から眼をキラキラの至近距離は男を殺す常套手段なんですね。千反田えるだな。

位置: 441
「ほんとうにいい人ね。いい人はいいね」
この物言いは単純で明けっ放しな響きを持っていた。感情の傾きをぽいと幼く投げ出してみせた声だった。私自身にも自分をいい人だと素直に感じることができた。晴れ晴れと眼を上げて明るい山々を眺めた。 瞼 の裏が微かに痛んだ。二十歳の私は自分の性質が孤児根性で 歪んでいると厳しい反省を重ね、その息苦しい 憂鬱 に 堪え切れないで伊豆の旅に出て来ているのだった。だから、 世間尋常 の意味で自分がいい人に見えることは、言いようなくありがたいのだった。

本作において、自分がなぜ伊豆を旅しているかについて明確に述べられるのはここだけじゃないかな。孤児なのだ。純文学らしい、イジイジした自意識を持て余しているわけだ。そりゃ、孤児なのは可哀想だけど。

十六歳の日記

位置: 1,210
ところが私がこの日記を発見した時に、最も不思議に感じたのは、ここに書かれた日々のような生活を、私が 微塵 も記憶していないということだった。私が記憶していないとすると、これらの日々はどこへ行ったのだ。どこへ消えたのだ。私は人間が過去の中へ失って行くものについて考えた。

なんてことはない、肢体不自由になったボケ老人の介護をしている話なんだけど、そういう辛いときの記憶って案外残っていなかったりするんだね。安心する。

自分も中学生のときの記憶がほとんどないんだよなー。

死体紹介人

位置: 1,360
「ですから、私たちもボックス君とコックス君とのように、一度も顔を合せはしませんでしたが、 滑稽 なことは何一つ起らなかったのです。ところが……」と、新八は話しながら私に言った。

電車の切符切のお姉さん・酒井ユキ子とひょんなことから同棲する話。
当時はそんなこと普通にあったのかな。同棲と言っても、一緒には暮らさないんだけど。

位置: 1,486
はっと腕をゆるめた新八は、落しそうな死体を今度は胸に抱きしめて、 尻餅 を突いていた。ユキ子はやっぱり死んでいた。新八は彼女の冷たい 額 にそっと 接吻 した。
「綿ネル の寝間着一枚で、寝台車に積み込まれて解剖室へ行く、寂しい花嫁の葬式でしたよ。――ですから、翌朝私は研究室の助手に電話をかけずにはいられませんでしたよ」と、新八は話しながら私に言った。
「あの死体ね」
「ああ、君の花嫁か」
「顔の美しさは変っていない?」
「顔? さあ、そいつは気がつかなかった」
「処女か」
「処女だ」
「死体の写真を取っといてもらうことはできないかしら」
「さあ、写真機があれば、 造作 はないが、――あ、ある、ある、すばらしいのが研究室にあるはずだ」
「じゃあ、頼む」
「今、解剖台の上で真っ裸だよ。それでいいかね。

そのユキちゃんの死体にキスし、処女かどうか確認し、写真をとる。純文学だねぇ。
しかし、これをノーベル賞の審査員はどこまで評価したのか。

位置: 1,525
「そう、彼女の魂から別段苦情が出なかったところをみるとね。――しかし、 骨 上げに行く者もないみじめな葬式よりも、そのほうがどれだけ女の 本懐 かしれませんよ」
「それこそ、一種のロマンチシズムじゃないですか」
「いいや、骨までしゃぶれ。処女で終ったかわりに、死んだユキ子は女の体として、使われる限り使われたのです。そう思うことはなかなか、こちらの胸をすくような盛んな感情でしたよ」
私はいつの間にか、うつむいて新八の話を聞いていたのだが、この時ふと彼の冷たい笑いを見上げたものとみえる。

なんというか、正気の感情なのかどうか怪しいとすら思えますね。どこまで真面目な話なのか。これを評価する人が大半だったのだろうか、昭和前半。

温泉宿

位置: 2,162
彼女らは獣のように、白い裸で 這い 廻っていた。
脂肪の 円みで鈍い裸たち――ほの暗い 湯気 の底に 膝頭 で這う胴は、ぬるぬる 粘っこい獣の姿だった。肩の肉だけが、野良仕事のように 逞しく動いている。

この本で一番好きな話。温泉宿。
川端が娼婦やら旅芸人が本当に好きなのは分かる。しかしその好きはだいぶ歪んでいますね。
粘っこいなぁ、とか実物見て思ったんだろうな。

位置: 2,259
ちょこちょこ走りについて帰った。洗濯も 煮炊きも母の仕事だった。母は娘にこき使われればこき使われるほど、亭主のことを忘れて行った。そして胸の鼓動が乱れやすくなった。亭主のことを考えてぼんやりしていると、娘に殴られる。それで泣顔になると、娘は家を飛び出して行く。
「お待ちよ、お滝、そんな 尻切れ草履 見っともないよ」と、母は追い縋る。
そして、母はせっせと働きだした。

DV夫のことを娘で上書きする。いわゆるダメンズ好きな母なんだろうな。そしてその娘もDV娘という。人間は似たようなことを繰り返すんだなぁ。

位置: 2,368
お咲は――この村に十人あまりいる 酌婦 のうち、彼女だけが特別に 風儀 をみだす というかどで、駐在所の巡査からたびたび、村退散を言い渡された女だ。村会議員の息子なぞが、しきりに通うからだ。生れつきの酌婦――あまりに 娼婦 であり過ぎるからだ。
お滝の激しい目にじろじろ見られても、お咲はやはり、うっとり抱かれたような顔で、湯から胴を出して、 湯槽 の縁に腰を掛けた。真白な 蛞蝓 のように、しとしと濡れた肌――骨というものがどこにも感じられない、一点のしみもない柔かな円さだ。 蝸牛 類 のように伸び縮みしそうな脂肪で、 這う獣だ。その真白な腹の上で 地団太 踏みたい――お滝はそのような男じみた慾情に、突然襲われて、お咲の 膝 にぐいと手を伸ばすと、
「手拭 を貸してよ」

あまりに娼婦であり過ぎるって凄い表現だ。真白なナメクジのようにしとしと濡れた肌というのもまた凄い。しかし這う獣という表現が、よほど好きなんでしょうね。それ以外にない!という表現なんだろうなぁ。

位置: 2,489
そうして――川の湯で眠っているお雪にお滝が、 「そうね。まあ、あんたは――だいじにしとくといいわ」と言った、そのものに、楽しい売値をつけて、だいじにしていた。この「売値」と「修身教科書」とが、一つになった危っかしさは、彼女の小憎らしい魅力だった。

これが悲しい以外の感情で描かれるところが、川端のすごいところだ。

位置: 2,731
また、長い滞在の客が好きになった場合、彼女らは客の膳の残り物を自分の 膳 に移して、食事をする。しかし、あくまで「彼」の膳の場合だ。女の膳の物は、本能的にか、見向もしない。
「病気のない人ってことが分ってるし、 穢 かないわ」と、彼女らの一人は彼女らに言いながら 箸 をつける。
しかも、この女らしい、そして家庭的な現われを、あくまで貫くためであろうか。一人の男の残し物は、彼女らのうちの一人だけが食べ続けるのだった。これはいつからともない、彼女らの間の 不文律 だった。このようなことは、客には決して 漏 さない彼女らの秘密だが、膳の上でも浮気者は、やはりお絹だった。お絹が川上の家へ移ってからは、お雪だった。
ところが、工夫監督の膳に先き立って手を出したのは、こんなことは珍しいお滝だったのだ。つまり、彼のものになってもいいという、彼女ら流の告白なのだ。

うーん、まぁ、あるだろうなぁ。食べ物が今よりずっと厳しい時代だろうしね。しかし、うーん、よく知ってますねぇ。食べ残しを食べるのが愛の告白か。なんだか猿の縄張り争いをみているような気になるね。

位置: 2,803
このような夜がしばらく続いたが、とうとうお雪は倉吉の部屋で、宿のおばあさんに揺り起されてしまった。
彼女ははっと飛び起きて、きちんと 坐ると、礼儀正しく両手を突いて、 「まことにどうも相すみません」
そして眼をこすりながら、彼女らの部屋へ走って帰った。
「おいで」と、お滝が寝床から起き上って、お雪を 膝 に抱き倒した。
「雪ちゃん。あんたはもう少うし利口だったはずじゃないの。――あんなに、あんなにだいじにしていて、あんたそれで出世をするつもりだったのに、あんな倉吉の畜生。雪ちゃん。

商品価値が自分の価値とイコールになっている悲しさよ。

位置: 2,924
だがしかし、子供たちは一たいどうしたのだ。 可愛 がってやった村の子供の群が、 柩 のうしろに長々と並んで、山の墓へ登って来る――この幻はお清の生きる楽しみではなかったか。また、死ぬ楽しみではなかったか。
その子供たちはまだ眠っているのだ。

ここでこの話は終わる。なんともはや。
救いのないようでいて、救われる。そんな話。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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