何も言えないよ。『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』

命を賭した人の言葉をどうのこうの、言えないでしょ。
とりあえず戦争しないことになっている現代において、どれだけ本書から引き出せるのか。

位置: 1,719
佐々木の体から激しい怒りが湧き上がってきた。が、同時に、浦賀の収容所の出来事が浮かんできた。収容所では、兵隊達が横暴だった将校下士官達に対して復讐していた。かつて乱暴を働き、暴力的な制裁を続けた奴らに対して、兵隊達が追い回し、袋叩きにしていた。
佐々木はそれを見て、虚しい気持ちになっていた。猿渡参謀長を、いや、猿渡元参謀長を殴っても傷つけても、飽き足りないものを佐々木は感じた。
よく見れば、猿渡元参謀長は別人のようにしわが深くなっていた。急に歳を取ったようで、薄汚れた姿にはなんの威厳もなかった。自分が戦い、抵抗した相手の本性が意外なほど見すぼらしいものだと思うと、佐々木は怒りが急にしぼんでいくのを感じた。

人を恨んでもしょうがないんですよね。妬みはなにも生まない、少なくとも直接は。
ただ、命がけということになると、この袋叩きにする側の気持ちも分からないでもないです。わからないでもないが、自分はやりたくないな。
そもそも巻き込まれたくないしね。

位置: 1,771
春になり、ようやく体力も回復した頃、村役場から男がきて、佐々木に、特攻隊員としてもらった勲章と賜金を返納するようにと要求した。佐々木の戦死に対して、勲章と共に死亡賜金が国債の形で3000円渡されていた。佐々木は反発したが、父親の藤吉はすぐに返せと佐々木に言った。 「お前らがだらしないから、いくさに負けたのだ。俺達の時とはえらい違いだ」  日露戦争を生き抜いた人間としては、今回の敗戦は腹が立ってしょうがないようだった。なにかあると、父親は憤慨を口にした。

このへんは本当にあったんですかね。司馬遼太郎がいうように、やはり日露戦争が日本を勘違いさせた、ということになるんでしょうか。なんだかそういう思想に引っ張られている記載のような気が、穿った見方かもしれませんが、出来ます。

位置: 2,100
──どうして友次さんは何回も行けたんですか?
「いや、やっぱりそれは寿命ですよ。寿命に結びつけるほかないの。逃げるわけにはいかない」

位置: 2,169
──耐えるしかない?
「まあ寿命ですよ。寿命は自分で決めるもんじゃないですから」

寿命だから仕方がない。寿命が来るまではもがく。そういうスタンスですね。平静な時は如何様にもいえる。でもいざというときにこのスタンスが貫けるのは心底肝が据わっている。

位置: 2,245
『神風特別攻撃隊』は、徹底して特攻を「命令した側」の視点に立って描いています。特攻の志願者は後をたたず、全員が出撃を熱望するのです。
酒の席に招かれれば、「私はいつ出撃するのですか、はやくしてくれないと困ります」と迫られ、特攻隊員を指名する前には中島のズボンの腰を引っ張りながら「飛行長、ぜひ自分をやって下さい!」と叫ばれ、夜には自室に志願者が出撃させて欲しいと日参してくるのです。
隊員達の状態は次のように描写されています。
「出発すればけっして帰ってくることのない特攻隊員となった当座の心理は、しばらくは本能的な生への執着と、それを乗り越えようとする無我の心とがからみあって、かなり動揺するようである。しかし時間の長短こそあれ、やがてはそれを克服して、心にあるものを把握し、常態にもどっていく。
こうなると何事にたいしてもにこにことした温顔と、美しく澄んだなかにもどことなく底光りする眼光がそなわるようになる。これが悟りの境地というのであろうか。かれらのすることはなんとなく楽しげで、おだやかな親しみを他のものに感じさせる」
死ぬことが前提の命令を出す指揮官が、「動揺するようである」という、どこか他人事と思われる推定の形で書くことに、僕は強烈な違和感を覚えます。  猪口、中島というリーダーは、部下の内面に一歩も踏み込んでいないと感じられるのです。

今読めばどうみても常軌を逸した状態であります。
「自伝」を書きたがる老人が多いと聞きます。これは自分の人生を肯定したいからでしょうね。この『神風特別攻撃隊』を書いた人もそうだったんじゃないかな。多くの人に読ませるべき書物かどうかはさておき、自分で書いて、「間違っていた」という常識を覆したかったんじゃないかしら。少なくとも紙面では。

同情の余地は、あたくしにはあるように思いますがね。許されないとしても。

位置: 2,298
『死にゆく二十歳の真情 神風特別攻撃隊員の手記』(読売新聞社) の著者、元特攻隊員の 長 峯 良 斉 氏は「(遺書は) それが必ず他人(多くの場合は上官) の手を経て行くことを知っており、そこに(中略)『死にたくはないのだが……』などとは書けない」と書いています。  上官の目に触れなければ何を書くか。そのひとつの例が、『陸軍特別攻撃隊』の著者、高木俊朗氏が執筆を依頼し、軍部の目を盗んで直接遺族に届けることができた、上原良司氏の「所感」です。

位置: 2,304
慶応大学から学徒動員で特攻隊員になった 22 歳の上原が、この時書いた文章は、『きけわだつみのこえ』の冒頭に収録されて、とても有名になりました。  上原氏は「自由の勝利は明白な事だ」「権力主義、全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を、今次世界大戦の枢軸国家(日本・ドイツ・イタリア三国同盟の諸国) において見る事が出来ると思います」と書くのです。
特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬ、自殺者とでもいうか、精神の国、日本においてのみ見られる事と書いた後に、「こんな精神状態で征ったなら、もちろん死んでも何にもならないかも知れません。故に最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です」と、苦悩と思考の流れを吐露しているのです。
所感の冒頭は、陸軍特別攻撃隊に選ばれたことを「身の光栄これに過ぐるものなき」と書き、終わり近くは「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です」としました。

何も言えないっすよね。
少なくとも戦争で死ぬ人がいない国に生まれて、身勝手とは知りながらも、良かった。としか言えない。

何ともはや。

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都内在住のおじさん。 3児の父。 座右の銘は『運も実力のウンチ』

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